テーマ 「provoke」とその時代―1968年という問題―
(1)1968年問題ということが、最近、巷で話題になっている。
1968年とはどんな時代だったのか、特に写真をめぐる表現方法の問題として捉えてみたい。
現在的な意味では、1968年から35年という歳月が経過したなかで、当時の主テーマだった「人間解放」「自己解体」「自己の絶えざる革命」といったような命題が、いまどうなっているのか、との問い直しだと思われる。
この35年間になにがあったのか。現時点での話題の背景は、1968年をして現れてきた諸現象の将来的可能性に対して現実に経過した年月がある。この現実に経過した年月をどのように捉えるのか、肯定するのか否定するのか、いっそうの人間抑圧があったのではないかということである。そこで人間回復、心の充足をめざす風潮において、1968年をふりかえってみる、ということではないかと考えている。
(2)「provoke」は、1968年11月に季刊同人雑誌として創刊された。
創刊時の同人は、中平卓馬、高梨豊、多木浩二、岡田隆彦の4人。第2号から森山大道が加わる。
「provoke」とは、「挑発」という意味。サブタイトルに「思想のための挑発的資料」と付けられた。
1969年8月に第3号を出して終わり、1970年3月写真・エッセイ集「まず、たしからしさの世界をすてろ」を発刊し、同人は解散する。
「provoke」同人たちの写真集
・森山大道「にっぽん劇場写真帖」1968年 「写真よさようなら」1972年
・中平卓馬「来たるべき言葉のために」1970年
・高梨 豊「都市へ」1974年
当時の写真状況を知るための写真集(抜粋)
・東松照明「<11時02分>NAGASAKI」1966年、「日本」1967年、「おお!新宿」1969年
・荒木経惟「センチメンタルな旅」1971年
・北井一夫「三里塚・1969−1971」
・雑誌「季刊映像」1969年―1971年 第10号で終刊
(3)1960年代後半は学園闘争の只中にあった。
フランスでは5月革命が起こった。「生の根源的な解放」ということがテーマとしてあった。
日本の各大学では学園闘争をきっかけに政治・文化制度への異議申し立てが起こった。1969年度の東京大学入学試験は中止された。
日本経済は、高度経済成長と大衆消費社会が進展していくなかで、ひとびとが社会のメカニズムのなかに拡散し、生きていることのリアリティを失ってしまった、と認知されるような時代だった。
そのような時代の一方で、表現行為とはなにか、ということが問われた。
「provoke」同人・岡田隆彦は「せつなさ」という感情を軸に論を立てる。(※1)
(※1)「せつなさ」をきっかけとする郷愁と予見とはしかし、じっさいの現実にひきおこるとき、はじめからみごとな統一と融和を予定しているなどということはありえない。現実には郷愁と予見はひきあい反撥しあう。(中略)この場をはっきりと設定=意識化することが、ある意味では<見ること>であり(中略)対象への距離を意識化することとしての<影像の所有>なのである。ここにこそ(その行為が自由の現存であるならば)現実を記録し・表現し・励起した映像を実現する種類の写真の根拠があるのであって、光と影の結晶としてのスペルマを享ける者をして、その未知の世界を妊孕させたとき、はじめて写真が歴史にコミットしたといいうるのではあるまいか。
(4)当時の流行にコンポラ写真というのがある。
これは1966年にアメリカで開催された写真展「コンテンポラリー・フォトグラファーズ・・・」(社会的風景に向かって)から始まる一連の写真群である。
日本においても日常のさりげない事象(事件もストーリーもない)を切り取る横位置の構図、対象との醒めた距離などを感じさせる写真が出現してきた。午腸茂雄「日々」(1971年)などがそれである。
自己と他者との関係の網の目を、写真というメディアをとおして検証していく作業のなかで、そのスタイルが選択されてきたといえる。のち1977年出版の午腸茂雄「セルフ&アザーズ」はコンポラ写真の代表的作品である。
(5)1970年代の写真動向
1971年に篠山紀信は写真集「オレレ・オララ」でデビュー
1973年に大丸百貨店で篠山紀信「スター106人展」沢渡朔「少女アリス」展などが開催された。
1974年に写真学校「WORKSHOP」が開校。季刊誌「WORKSHOP」を発刊
1976年にニュードキュメントのかたちとして土田ヒロミ「俗神」須田一政「風姿花伝」など
1976年には自主ギャラリーが運営され始める。(プリズム、CAMP、PUT)
―1968年という時代の概観―
●世界歴史のキーワード
・西欧文明の行き詰まり感とそこから派生する不安と混乱
・フランス5月革命
・ベトナム反戦運動と戦争終結へ
・教育システムの帝国主義的再編
・共産主義神話の崩壊(チェコ事件)
・日本のアメリカ化(日米安保条約)
・実存主義の時代 etc
●写真史のキーワード
・「報道写真」的な写真の社会機能と「モダンフォト」的な写真作品機能の否定
・「アレ、ブレ、ボケ」といわれる制作方法とその作品群
・言語と意味によって固定される以前の未分化の世界の断片としての写真
・写真による新しいイメージの創出
・1966年の「コンポラ」展の影響 etc
―1968年以降、現在までの時代概観―
・環境汚染 核エネルギー 局地戦争 人種・民族・宗教の対立・・・
・ニューエイジ、ニューサイエンスの時代
・フェミニズム
・共産主義の崩壊
・アメリカ一国主義(帝国的再編)
・コンピューター技術進展による人間解明
・ネットワーク社会
・産業形態の崩壊と自然回帰へ
・核家族の基盤崩壊と新たなる共同体へ
・ニヒリズムの深化から人間救済
・グローバル化、ファーストフード化とローカル化、スローフード化
・都市化の崩壊と農村化(アーバンからルーラルへ)
・2001.9.11以後の世界観として、人間解放、人間回復、心の充足を模索する動向。
参考資料
1968年の出来事
写真の出来事
○1・14 銀座ニコンサロン開設 木村伊兵衛回顧展開催
○9・17 森裕貴「京都」 ニコンサロン
○森山大道「にっぽん劇場写真帖」出版
○東松照明「サラーム アレイコム」出版
○「コンテンポラリー フォトグラファーズ」が輸入され、コンポラ写真が流行
○写真家の仕事 入江泰吉「お水取り」
岩宮武二「修学院離宮」
杉山吉良「賛歌」
細江英公「鎌鼬」
中村正也「女・女・女」
南良和「山村の生活」
英伸三「農村報告」 その他大勢・・・
政治・経済・社会の出来事
○1・19 米原子力空母「エンタープライズ号」佐世保に入港、反対のデモ隊と警官隊が衝突
○3・10 三里塚 成田空港建設反対の農民らと警官隊と衝突し198名逮捕される
○3・31 アメリカのベトナム北爆の停止 ベトナム和平への動きが活発化
○5・13 フランス・パリで学生、労働者がゼネスト決行、フランス全土に波及する
○6・1 ソ連、チェコスロバキアに進駐 8.20ソ連軍大挙侵入
○9・5 中国 革命委員会 文化大革命が最高潮に達する
○9・30 日大紛争が激化する
○10・17川端康成ノーベル文学賞受賞
○10・21国際反戦デー 新宿駅で全学連学生913人逮捕され 騒乱罪が適用
○10・23明治100年記念式典
○11・2 三島由紀夫「楯の会」結成
○12・10府中市で3億円強奪事件発生
○12・29東大入試の中止決定